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先日、「
ホームレス中学生」を書いた麒麟の田村さんが出て、本に書ききれなかったエピソードなどを交えてのテレビ番組があった。本に出てくる子供時代の場面をドラマ仕立てで見せていた。
彼の年齢からして15年から20年くらい前の話だと思うが、実際にそういう話ってあるのかなって思う人も多いんじゃないかな。すごく特殊な例で、ひどい境遇からがんばって成功したみたいな話で…。
でも、私の子供のころは親の世代は戦争体験者が多くて、非常に貧しい世代だった。貧しい事は、特別なことじゃなくて、自分のまわりにはあちこち見られた。
親が自営業で小さな工場を経営していた私は、工場の機械が動いているときは仕事があって、家の経済状態もまあまあだと思っていたし、オイルショックの時に開店休業状態で機械の動く音がしない日は、倒産するのかななんて心配をしていた。昔のことなんで記憶は定かではないけど、そういう破産した人は、家族をすてて逃げるように蒸発する人は結構多かった。日常的にそういう話はよく聞いた。残されてお母さんと子供でなんとか、生活している子が学年に何人かいたように思う。
そういう友だちが、私にも一人いた。小学校のときに家の近くの市営住宅に越してきて、それから小学校と中学校を通じてクラスも同じだったこともあって、朝、一緒に中学校に通っていた。
彼は五人兄妹の長男でだった。中学三年になったころ、お母さんが外出したきり帰ってこなくなった。理由は聞いていない。その母さんを探していたお父さんも帰ってこなくなった。市営住宅に子供が五人残された。
彼は学校や地域の人や役所に援助を求めながら、何とか現金収入を求めた。市営住宅なので家賃など支払いを待ってもらえるものはいいのだが、兄弟5人の今日食べるものを買うのには現金がどうしても必要だった。彼は中学三年生だったが、兄妹5人の食べるもののために、高校進学などとうに諦めて新聞配達などの中学生でもできる仕事を始めた。学校へも来なくなった。彼には将来の受験のための勉強よりも、今日たべるものを買うためのお金が必要だった。
同じ中学三年生として、正直言って、辛すぎる状況だ
週に1回か2回しか、学校へ来なくなった(来れなくなった)彼が、ある日学ランを着ていた。
それまでは古いが、普通の学生服を着ていた彼が、少し不良のような学ランを着ていたので、みんなは、親がいなくなって、悪い仲間に引っ張られていてるのかなと思っていた。
私は彼を昔から知っていたので、それとなく注意をしたのだと思う。彼はこう言った…
「この前学校来た時に、ふざけた奴にカッターで学制服の背中を切りつけられて破けたんや。それを見てクラスのワルが、自分は着なくなった学ランを譲ってくれたんや。おまえら、俺のことかわいそうやと思ってるやろうけど思うだけやったら、誰でも出来るんじゃ。みんな大人はかわいそうやゆうても何もしてくれへん。あいつはワルやけど、おれにこの学ランくれたんや。この学ランは校則違反うやけど、この学ラン着たらアカンのやったら俺はハダカで学校いかなあかんのや。何もできへんのやったら、かわいそうやとか思ったり言うたりするな」
私は、それ以上、何も彼には言えなくなった。5人兄妹の幼い2人はやはり家で子供だけでは置いておけないので、施設に預けられた。彼の努力も空しく兄妹が離れて暮らす事になって、彼の妹や弟は泣いたそうだが、彼は長男として泣かなかった。自分の力が足りなかったと思ったから。
中学を卒業してもう30年近くたつが、彼とは一度も会っていない。彼と近しい友人に聞いても、市営住宅を出ていって、今どこにいるのか知らない。
どうして、こんなことを長々と書いたのかな。自分の中の少し苦くて辛い記憶で、子供が早く大人になりたいって切実に思った入り口だからかな。本やテレビで「
ホームレス中学生」を知った若い世代の人は、ただ「かわいそう」だとか「明るくがんばらなくちゃいけない」だとかだけじゃなく、今でも現実にそういうことはあると思って、そして自分の立場で何が具体的に出来るか、そういうふうに考えてほしいなって思いました。
テーマ : TV番組 - ジャンル : テレビ・ラジオ
タグ : ホームレス中学生 麒麟 田村